東京高等裁判所 平成12年(う)177号 判決 2000年5月15日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一四〇日を原判決の本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人池原毅和が提出した控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。
第一原判示「罪となるべき事実」第一(強盗致傷罪)及び第三(窃盗罪)に関する事実誤認の論旨について
一 所論は、被告人が原判示第一の強盗致傷及び同第三の窃盗の右各犯行に及んだのは、長年交際があって別れたA子に対する怨念の気持ち、A子が被告人の連絡先を記載したメモを持っているかを確認したい(右第一の犯行)・物取りに見せかけたい(右第三の犯行)との考えを動機としたのであって、被告人は、被害物品を費消する不法領得の意思を有しておらず、第一、第三の各犯行の被害現金を自宅に保管していたのも、犯行が発覚した時に、妻によって然るべく処置されることを予定していたためであり、第一の犯行の現金以外の被害品は全て廃棄しており、第三の犯行の被害品のアクセサリーを被告人方敷地内に埋めたのも隠匿のために過ぎないのであって、被告人の捜査段階の供述によっても、その内容が不自然で、字義どおりに受け取って不法領得の意思を認定することはできないから、原判決が被告人に不法領得の意思があることを認めたのは、事実を誤認したものである、と主張する。
二 そこで、関係証拠によって、被告人の不法領得の意思の有無に関係する事実関係を見てみる。
1 被告人は、本件当時、一三〇〇万円程度の年収のある大手建設会社の中堅幹部社員であって、金に困っていたわけではなく、本件も、A子に対する報復の意図が主なものであって、金員そのものを強奪したり盗んだりするのを主目的としてはいなかった。
しかし、被告人は、平成一〇年一二月二一日の原判示第一の犯行では、A子に覆面をしその顔を隠して原判示のように殴打していたところ、A子から、同女が床に置いていたバッグを指して、「殺さないで。これを持っていって。」と哀願され、事前から考えていた物取りの犯行と装うためもあって、現金等が入っていたそのバッグを持ち去った。
被告人は、平成一一年三月一四日の原判示第三の犯行では、放火目的でA子経営の無人のスナックに侵入したものの、放火を断念した後、物取りの犯行と装うために、同店舗内から現金入りの財布、ネックレス、指輪を持ち去った。
2 被告人は、第一の犯行では、現場から逃げる途中に、バッグから財布を抜き取ってそのバッグは捨て、自宅に戻った後、財布から現金一〇万九六九五円を抜き取って、金額、金種を記載して茶封筒に入れて自分の物入れに保管し、財布は他の在中品とともにゴミとして捨て、第三の犯行では、現場を立ち去ろうとした際警備員に発見され、前記以外の現金その他の金品を現場に放置するなどして逃げ、自宅に持ち帰った財布から現金七万七九二〇円を抜き取り、金額を書いて封筒に入れ、自宅寝室押入内の紙箱に保管し、財布は他の在中品とともにゴミとして捨て、ネックレス一本(時価一万二〇〇〇円相当)と指輪一個(時価一万三〇〇〇円相当)は、自宅にあったプラスチックケースに入れて自宅の庭に埋めた。
三1(一) 以上によれば、被告人の第一の犯行における行為は強盗罪にいう「強取」行為に、被告人の第三の犯行における行為は窃盗罪にいう「窃取」行為に、それぞれ該当する典型的な形態のものと認められる。そして、被告人は、前記のように、金員そのものを強奪したり盗んだりするのを主目的としてはいなかったとはいえ、単に物を廃棄したり隠匿したりする意思からではなく、第一の犯行では事前から物取りを装う意図を有していて、A子が生命を守るのと引き替えに自分のバッグを提供したのに乗じてそのバッグを奪っており、第三の犯行ではその場で物取りを装おうと考え、その意図を実現するのに相応しい前記金品を持ち出して所有者の占有を奪っているのであるから、すでに右の事実関係からして、いずれの場合も、被告人には不法領得の意思があったものというべきである。被告人は、各犯行後に、取得した金品の一部を廃棄したり、保管し続けて、費消・売却等の処分行為をしていないが、そのことで不法領得の意思が否定されることにはならない。
(二) 所論や所論にそう被告人の原審や当審の公判供述について検討してみても右結論は動かない。以下補足して更に説明する。
2(一) 所論が主張するように、第一の犯行の際、被告人にA子が被告人の連絡先を記載したメモを持っているかを確認したいとの考えがあったものと認められるが、そのような考えも、不法領得の意思に包含されるものといえるのであって、被告人に不法領得の意思があったとするのに妨げとはならない。
(二) 被告人が取得した金品の一部を投棄ないし廃棄している点については、盗犯が必要あるいは目的とする金品以外の物を犯行後に廃棄することはあり得ることであり、被告人は、取得した金品の内容もよく確認しないままその一部を廃棄しているのであって、被告人がこれらの金品を廃棄したからといって、不法領得の意思が否定されることにはならない。原判決が、不法領得の意思があったとする理由の一部として、被告人が比較的価値が低いと思われる金品を投棄したことを挙示しているのは、第一の犯行後逃走中に廃棄したバッグは時価五〇〇〇円くらいであって、その中には八〇〇〇円くらいの化粧品も入っており、また、被告人がゴミとして捨てた財布も時価三万円くらいであったことが認められるから、右判示は、必ずしも当を得たものではない。
(三)(1) 被告人は、原審や当審の公判で、保管した現金等を費消する意図はなかった旨述べ、現に、前記のように、自宅に持ち帰った現金等について、費消・売却等の処分行為には出ていない。しかし、被告人には、前記のように犯行時点において不法領得の意思があったものと認められるのであって、犯行後に強奪・窃取した現金等について費消・売却等の処分行為をしていないからといって、右不法領得の意思が否定されることにはならない。しかも、被告人の右公判供述によっても、少なくとも、被告人が各犯行で自宅に持ち帰った現金はそれぞれ前記のようなまとまった金額であり、ネックレス、指輪はその経済的価値を考慮して長期間にわたって所有者の意思を排除して隠匿保管していたものと認められることからすれば、被告人の右保管行為は、不法領得の意思にそったものと見ることができ、もとより右意思を否定する根拠とはなり得ない。
(2) 被告人は、妻を介してA子に右現金を返還する意思を有していたとも弁解する。しかし、右現金は、被告人が平成一一年五月一〇日に第三の窃盗で逮捕されるまでA子に返還されておらず、将来現実に返還されるか否かは専ら被告人の意思如何にかかっていたのに過ぎないから、仮に、被告人に犯行の際に前記のような意思があったとしても、各犯行当時に被告人に不法領得の意思があったことを否定する根拠とはなり得ない。
(3) なお、原判決は、原判示の書き置きを不法領得の意思の存在の推認根拠の一つとしているので、念のため付言する。
被告人は、第三の犯行後に、A子から、犯人が被告人であると分かっている旨の電話を受け、逮捕されることを予測し、右犯行から半月くらい経った三月末ころ、第一、第三の犯行後自宅に保管していた各現金を、それぞれ表に金額を記載した白封筒に入れ替えた。そして、被告人は、前記押入内に置かれた紙箱に、右現金を含めグループ別に仕分けして各別の封筒に入れ、それらを更に一つの封筒に入れた合計一一三万九八五五円の現金を保管していたが、右現金等をまとめて入れた封筒の表には、現金(1)700000については「使用可、保管金」と付記しているのに、本件の被害現金である(3)109695と(5)77920については、単に「B」とだけしか記載していないが、右箱内には、「C子殿、全てをできる限り自由に使って下さい。」「C子殿、衆々の現金をまとめておきました。」霊園管理料を除いて「全て自由に使って下さい」などと妻宛に書き置きしたレポート用紙三枚、一〇万九六九五円に関する、犯行日と一致する年月日、金額、金種を記載した紙等も入れていた。しかし、被告人は、前記アクセサリーについては、特段の措置をとらないまま、前記逮捕まで保管し続け、A子に返還していなかった。
右保管状況を全体として見ると、少なくとも、被告人が公判で弁解するように、妻を介してA子へ現金を返還しようとの意図を明白にはうかがうことができない形態であることは否定できないのであり、また、前記アクセサリーについては何ら返還に向けた措置がとられておらず、これらの金品の保管状況からは、被告人の不法領得の意思が否定されるものとは考えられない。
また、被告人が右のように現金の保管形態を変えたのは、第一の犯行からは約三箇月後のことであって、しかも、A子の前記電話を受けて本件で逮捕されることを予測したことが契機となっていることが認められることからすれば、右現金保管の意図も、第一、第三の各犯行当時と同一ではなかった疑いもないではなく、前記発覚時の現金の保管状況を右各犯行時の被告人の意図の認定根拠として重視することには疑問がないではない。しかし、被告人が右各犯行時に不法領得の意思を有していたことは、すでに述べたように、他の根拠から認めることができるから、原判決が原判示の書き置きを不法領得の意思の存在の推認根拠の一つとしたことも誤りとはならない。
四 そうすると、原判決が、被告人に不法領得の意思があったものと解することができる被告人の捜査段階の供述の信用性を肯定し、右供述も含め関係証拠を総合して、原判示第一及び第三の各犯行において被告人に不法領得があったことを認めたのは、是認することができ、所論がいうような事実誤認は認められない。
論旨は理由がない。
第二原判示「罪となるべき事実」第一に関する法令適用の誤りの論旨について
一 所論は、(1)被告人の行為は、通常被害者の反抗を抑圧する程度の暴行を構成するものではないから、強盗罪の暴行に該当しない、(2)A子には、顕著な生理的機能の障害が発生しておらず、かなり顕著な生理的機能の障害の発生を必要とする強盗致傷罪に該当する傷害の結果が生じていない、と主張する。
二1 しかし、所論(1)については、被告人がA子に対して行った暴行は、原判示のとおり、身体の枢要部である「頭部をタオルなどを巻き付けた木の棒で多数回殴打する」ものであるから、被告人にはA子に対し致命傷等の重大な傷害を負わせるまでの意図はなかったとしても、A子の反抗を抑圧するに足りる暴行であったことは明白である。そして、A子は、被告人からの一連の暴行を受けて原判示の通路に仰向けに倒れ、原判示のような傷を受け、また、頭部を腕で庇いながら、前記のように、自分のバッグを指して、「殺さないで。これを持っていって。」と哀願したりしていたのであるから、被告人から受けた暴行によって、現に反抗を抑圧されていたものと認められる。所論(1)は採用できない。
2 所(2)については、A子の検察官調書(甲五九号証)及び診断書(甲四六号証)によれば、A子は、被告人の暴行によって原判示のとおり全治約一〇日間の頭部打撲の傷害を負い、頭に大きな瘤が二つできたりして、救急車で運ばれて医師の治療を受け、翌日ころには頭部の内出血が目の回りや口の回りに降りてきて、二週間くらい目の回りが黒くなり、口を開けるのが痛くて食事の時などに非常に難儀をしたことが認められるから、右傷害が刑法二四〇条の強盗致傷罪にいう「負傷」に該当することは明らかである。所論(2)も採用できない。
論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一四〇日を原判決の本刑に算入することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 龍岡資晃 裁判官 植村立郎 田邊三保子)